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疾走 

      



先日、仕事の合間に立ち寄った本屋で、たまたま目に付いた「疾走」

映画化されているらしいのだが、全く知らなかった。

そして著者の重松清という人のことも知らなかった。
直木賞受賞作家らしい。他にも数々受賞している結構有名な人のようだ。

私は相当情報に疎いらしい…。



この作品から感じるものは、言葉にすれば

痛み、疼き、悲しみ


決して楽しい作品ではない。かといって感動ものでもない。重い、というのもありきたりすぎて違う気がする。



主人公の少年を取り巻く環境の変化は確かにヘヴィーなものである。
泥沼にはまっていく少年の姿がなんとも痛々しい。

少年は大人や社会や周りの環境によって、消耗されていく。

少年はそんな環境の中で、闘うわけでもなく、逃げるわけでもなく、冷静に孤高に生きようとする。

しかし、ことごとく追い討ちをかけるように残酷な現実が待っているのだ。

少年に歩み寄る「闇」


そんな少年の叫び


「誰か一緒に生きてください」


この言葉に胸をうたれる。



でもその叫びもどこにも届かない。届いても少年がそれを知ることはない。



この作品をなんと言葉にすればいいのかわからない。世に出回っている言葉はどれも陳腐すぎて当てはまらない気がする。

「悲しい」…この言葉は近い気がするけれども、正確ではない。


例えば
「人が死んで悲しい」
「失恋して悲しい」
「裏切られて悲しい」

…確かにどれも悲しいのだが、その、どの「悲しい」とも違う。

その奥に潜んでいる「呻き」「疼き」が抉り出される様な少年の物語。


読み終えて少しの時間が経過した後、ふと涙が流れた。

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手ぶくろを買いに 



絵本の「手ぶくろを買いに」


たいていの人がこの話は知っているだろうと思いますが、子狐が町まで手ぶくろを買いに行くというお話です。

「ごんぎつね」のような感動があるわけでもないですし、「百万回生きた猫」のようにさまざまな感情を与えられることもない。


でも「ごんぎつね」にも「百万回生きた猫」にもない、なんとも言えない「ほんわかと暖かい感じ」があって、私はとってもこの絵本が好きです。


なんといっても文章が好きです。


「枝と枝の間から白い絹糸のように雪がこぼれている」

「暗い暗い夜が風呂敷のような影をひろげて…」

「狐の毛並が銀色に光り、その足あとにはコバルトの影がたまる」



など表現がとても素敵。

母狐と子狐の会話も可愛らしくて好感が持てます。


日本語って美しい


と感じることのできる作品です。




そして暖かなふんわりとした絵が魅力的。

他にも「手ぶくろを買いに」という絵本は何冊か出ていますし、この本より値段の手頃なものもありますが、この絵が好きだからこの本を買ったといっても過言ではありません。




作者は新美南吉さん。
「ごんぎつね」や「おじいさんのランプ」などの作品を出しています。

絵は黒井健さん。
この絵本の他にも「ごんぎつね」や「猫の事務所」(宮沢賢治作)の絵も描いています。




密やかな結晶 



小川洋子さんの「密やかな結晶」


私は小川洋子さんについては、ほとんど何も知らなかった。

「芥川賞受賞作家」だというのもこの本の帯を見て知ったぐらい。


小川洋子さんといえば「妊娠カレンダー」や「博士の愛した数式」が有名ですが、私が彼女の作品で一番最初に読んだのがこの本でした。


なんて切なく、繊細な描写をする人なんだろうと思いました。


この「密やかな結晶」は人々が記憶を失くしていくお話です。
記憶喪失とか、そういった類のものではなく、もっと大規模に「何か」が「消滅」していくのです。


そして消滅してしまった「何か」が現実に目の前に転がっていても、それが「何であったのか」すらわからない

その物に対する記憶や感情が「消滅」してしまっているから。

その日まで、とても大切だったものが一瞬にしてゴミへと変わる。



でも、中には「消滅」のダメージを受けない人もいる。
このあたりがなんとも切ない。

「その物」の記憶や感情を一切失ってしまった人たちに、どうしたら「その物」の素晴らしさを伝えることができるのだろう。


もしいつか「自分」という存在が消滅したときにも、人々は何の感情も抱かない。



「消滅」のダメージを受けない人たちを排除しようとする組織と、その組織から逃れようとする人たち…。


現実との境目がぼんやりとした設定の中で、登場人物の心情が繊細かつリアルに描かれています。






ラ・ロシュフコー箴言集 



私は疲れたときによく本を読みます。

でも、疲れすぎて本を読む気にもなれない。眠ればいいのだけれど、なんとなく眠れない。

というときにはこの「ラ・ロシュフコー箴言集」を読みます。というか見る、といった方が近いかな。


ラ・ロシュフコーを知ったのは確かまだ私が高校生ぐらいの頃だったと思います。

ある雑誌に

死と太陽は直視することは不可能である

という格言が載っていたのです。


当時私がどんな心境で、どんな状況で、この格言に心を惹かれたのか、今となっては全くわかりませんが、とにかくこれがラ・ロシュフコーとの出会いでした。



このラ・ロシュフコーという人は、ある意味非常にひねくれたものの見方をします。
わりと暗いところから世界を見つめていたのかなと思える、とてもシビア、シニカルな言葉。

そしてこの本の中だけでも、読みすすめていくと数々の矛盾する言葉を残しています。

納得させられる言葉もあるのですが、う~ん、これはちょっと…と思えるようなものもあります。読むときの気分によって、これが逆転したりすることもあります。


そういうところが人間っぽくていいな~と。



完全に完成されたものは美しく、確かに心惹かれるものはあります。

でも不完全なものほどそれとは別の愛着が湧いてしまう。



たまにこれを見ると余計に疲れてしまう、なんてこともありますが、私はラ・ロシュフコーには愛着を感じます。


バースデイ・ストーリーズ 



大好きな村上春樹さんが翻訳、編集している「バースデイ・ストーリーズ」


テーマ通り、誕生日にまつわるお話を集めた短編集です。


ラッセル・バンクス
デニス・ジョンソン
イーサン・ケイニン

など私の全く知らない作家のものもあって、ちょっぴり世界が広がった気がします。


私、実は外国作家の本があまり好きではなかったのです…。

J.レッドフィールドや、O.ヘンリ、サリンジャーなどは読んでいましたが、

へミングウェイやヘルマン・ヘッセ…

読んでも難しすぎて、ま~ったくわかりませんでした。
これの何が面白いのかさっぱり、といった感じです。(ま、今では読めるようになりましたが)


そんな私でも面白く読めたのがこの「バースデイ・ストーリーズ」

村上春樹さんの著者についての簡単な紹介もついていますし、わかりやすく、面白く翻訳してくれています。

最後に村上春樹さん自身の作品もあります。


「誕生日」っていう1つのテーマなのに、こんなにいろんな物語があるなんて…。

全く違った印象をもつ作品ばかりをセレクトされています。

私の猫の額のような小さな世界を少し広げてくれた本です。

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