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疾走 

      



先日、仕事の合間に立ち寄った本屋で、たまたま目に付いた「疾走」

映画化されているらしいのだが、全く知らなかった。

そして著者の重松清という人のことも知らなかった。
直木賞受賞作家らしい。他にも数々受賞している結構有名な人のようだ。

私は相当情報に疎いらしい…。



この作品から感じるものは、言葉にすれば

痛み、疼き、悲しみ


決して楽しい作品ではない。かといって感動ものでもない。重い、というのもありきたりすぎて違う気がする。



主人公の少年を取り巻く環境の変化は確かにヘヴィーなものである。
泥沼にはまっていく少年の姿がなんとも痛々しい。

少年は大人や社会や周りの環境によって、消耗されていく。

少年はそんな環境の中で、闘うわけでもなく、逃げるわけでもなく、冷静に孤高に生きようとする。

しかし、ことごとく追い討ちをかけるように残酷な現実が待っているのだ。

少年に歩み寄る「闇」


そんな少年の叫び


「誰か一緒に生きてください」


この言葉に胸をうたれる。



でもその叫びもどこにも届かない。届いても少年がそれを知ることはない。



この作品をなんと言葉にすればいいのかわからない。世に出回っている言葉はどれも陳腐すぎて当てはまらない気がする。

「悲しい」…この言葉は近い気がするけれども、正確ではない。


例えば
「人が死んで悲しい」
「失恋して悲しい」
「裏切られて悲しい」

…確かにどれも悲しいのだが、その、どの「悲しい」とも違う。

その奥に潜んでいる「呻き」「疼き」が抉り出される様な少年の物語。


読み終えて少しの時間が経過した後、ふと涙が流れた。

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